バンコク「ソンブーン・ディー」

タイという国に何度訪れたのだろう。初めてバンコクの地を踏んだとき、町は薄暗く、野犬が路地をさまよっていた。2013年頃のバンコクだった。あの頃のバンコクには、今のようなGrabなど存在せず、道端で手を挙げてタクシーを拾うしかなかった。

拾ったタクシーが当たりか外れか、乗るたびに心の中で賭けをしているような気分だった。観光中もぼったくられるんじゃないかと身構えていたのを、今でも鮮明に覚えている。当時のタクシードライバーは、英語をほとんど話せず、こちらの言葉がなかなか通じない場所だった。それが、最初のタイの印象だった。しかし、あのタイが、今では日本を凌ぐほどの発展を遂げているのだ。

タイと言えば、グルメが真っ先に思い浮かぶ。その中でも特におすすめしたいのが「ソンブーン」というレストランの「プーパッポンカリー」だ。このユニークな名前のカリーは、カニと絶妙なスパイスが織りなす、まさに絶品の一皿だ。口に運ぶと、ほんのりとアスパラガスのような風味が感じられる、不思議なカリーだ。この味を真似するのは至難の業であり、初めてタイに来た人には是非とも試してほしい料理だ。

「ソンブーン」はバンコク市内に複数の店舗を構えているが、特に本店がおすすめだ。歴史も感じることができる場所だ。ただし、宿泊のホテルの近くに店舗があればそちらでも十分楽しめるだろう。だが、私は一度失敗したことがある。

Google Mapで近くのソンブーンを検索し、タクシードライバーに案内を頼んだ。目的地に到着し、私は何の疑いもなく「ソンブーン」に足を踏み入れた。店の雰囲気が少し違うように感じたが、Google Mapにソンブーンと記されていたので疑わなかった。入口には新鮮な魚が泳ぐ水槽が並び、メニューを見てもほとんど同じように思えた。しかし、価格を見て初めて異変に気づいた。

「おかしい、これは…」と思い、注文せずに外に出た。

すると、先ほどのタクシードライバーが店の前で待っているではないか。その瞬間、すべてを理解した。ここは偽物のソンブーンだったのだ。

仕組みはこうだ。タクシードライバーは、「ソンブーン」に行きたいという客をこの偽物の店に連れて行き、見返りに店からマージンを受け取る仕組みだ。私はこの偽ソンブーンにタクシードライバーに唆されて来たわけではなく、自らの意思で偽ソンブーンに足を運んだとても珍しい客だということに気づき後になって笑ってしまった。カモが自ら罠に飛び込むと、罠側も困惑するのかもしれない。

この偽ソンブーンが今も存在しているかは分からないが、その名は今でもはっきりと覚えている。「ソンブーン・ディー」という名の店だ。「ディー」はタイ語で「美味しい」を意味する。

少しダークで、でもどこかエキサイティングな体験が待っている場所、それがバンコクだ。この街では、予測不能な出来事が日常の一部として溶け込み、旅人を時に驚かせ、時に笑わせる。怪しげな裏通りに迷い込み、思わぬ形で現地の文化や人々の思惑に触れることもあるだろう。そして、それらの出来事は、後になって振り返れば、旅の醍醐味として心に刻まれるのだ。そんな不思議な魅力を持つバンコクこそが、旅の思い出を色鮮やかに彩る舞台なのかもしれない。

※ ソンブーン・ディーは2024年時点では閉店しているようです。

「偽物のソンブーン・ディー」にて。こちらがソンブーン・ディーのメニュー。現地で撮影。
「偽物のソンブーン・ディー」にて。1キロ日本円で12,000円ほど。中くらいのカニ1匹で1キロほどだと思います。相当高い。
こちらは「本物のソンブーン本店」やはり歴史を感じる。オペレーションもしっかりと完成している。
ソンブーン名物の「プー・パッポンカリー」これを食べに多くの人がソンブーンを訪れる。

書いている人について
Go, Discoverを運営している小西裕太です。記事や写真などすべては私が書いて撮影したものです。私は金沢市を拠点にWeb制作などの仕事をしていますが、旅が大好きで、これまでにアジアやヨーロッパを中心に20数カ国を旅してきました。まだ訪れた国は決して多くはありませんが、その中で経験したことはどれも心に残るものばかりです。思わず笑ってしまうような出来事や、心が温かくなる瞬間。旅を通して感じたものを、いつか誰かと分かち合いたいとずっと思っていました。もしこのサイトを通じて、「旅に出てみたいな」と思ってくれる人が一人でも増えたら、それ以上に嬉しいことはありません。

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