アンヘレスという街の名を聞いたことがあるだろうか。フィリピン、マニラから北へ90キロ、バスに揺られておよそ二時間。かつてこの地から日本の特攻隊が飛び立ったという歴史を持つ場所である。今では、少し異なる理由で名を知られている。グルメを求める者たちが、マニラからわざわざ足を伸ばす街。そのアンヘレスの地に、降り立った。
昼夜を問わず、街には活気が溢れていた。ストリートフードの屋台が軒を連ね、24時間営業のバーが並ぶ。MASSAGEと書かれた看板が輝き、フィリピンらしい雰囲気が漂う。どこかアジアの怪しげな夜の匂いがする。それがアンヘレスだ。
繁華街の近くに宿を取るべきだろうと思い、中心地に一つ確保した。しかし、目の前に広がるのは、いかにも連れ込み宿といった風情のホテル群、私が予約した宿も連れ込み宿風、いや、連れ込み宿だった。笑うしかない。こうした場所では、あらゆることが予想通りに進まない。まるで空回りしているような気分だ。
このアンヘレス、先に話したように実はグルメの街でもある。特に「アリング・ルーシング」というレストランが有名だ。私も期待を込めて訪れたのだが、正直、満足できる料理には出会わなかった。美味しかった料理といえば、皮肉にもアメリカ産のステーキだけだった。笑える話だ。
私がここを訪れたのは、まだコロナが訪れる前のことだ。その後、街は変わったと聞く。舗装されていなかった道路は整備され、日本の丸亀製麺やぼてじゅうといった店まで進出しているという。そんなアンヘレスがどのように姿を変えたのか、少し気になっている。
しかし、アンヘレスでの思い出といえば、何よりも「アンヘレスの猛ダッシュ」だ。あの夜、舗装されていない薄暗い道を歩いていた。街にはゴミが散乱し、道端には浮浪者たちが横たわっている。その浮浪者は生きているのか、死んでいるのか、眠っているのかさえわからない。そんな光景が普通だった。
突然、背後から足音が聞こえた。暗い夜道で、10メートルほど後ろから迫る急な走る音。「ああ、これはやばい」。そう直感した。1秒、2秒、3秒。襲われる。そう思いスローモーションのように振り返った瞬間、足音は止まり、そこには誰もいなかった。とても不思議な瞬間だった。
軽く辺りを見回すと、私のすぐ後ろに少年がゴミの山を漁っていた。この少年だったか。納得がいった。彼にとって、そのゴミの山は宝の山だったに違いない。襲われるという恐怖よりも、「何が起こっているんだ?」という混乱が勝っていた。振り返ったとき、そこには人影がなかったのだから。
その少年は、他の誰よりも早くその「宝の山」を手に入れたが、そこには何もなかったのだろう。少年は苛立った様子で、小さく声を荒げ、ふてくされた表情のまま去っていった。その声、その姿は、今でも私の耳に残っている。